地下駐車場の片隅で考えたこと

横浜市営の地下駐車場が、廃止や平面式への改修を検討することになり、2028年4月1日から一斉に休止されることになりました。
このことについて、当会会員であり、横浜と東京で交通まちづくりの市民活動を長らく続けているFさんのコラムを掲載します。
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近年、横浜の都心臨海部に心地よい歩行者空間が広がってきていることは、ご存知の方も多いことと思います。横浜が「ウォーカブルシティ」へと舵を切っている風景には、筆者も一市民として確かな手応えを感じていますが、その一方でどこか足並みの揃わない都市開発の「チグハグさ」も依然として残っています。
折しも市長選が決まり、横浜のまちが慌ただしくなったこの一か月あまり、都心部の公共地下駐車場のリニューアルを巡って、次の象徴的な議論を見かけました。
「オリンピックのような国家的イベントや手厚い補助金を持たない横浜は、近い将来インフラ維持で財政破綻するのではないか?」
しかし、この悲観論はいささか実態を見誤っていました。まず、当該の地下駐車場で市が計画している、(収容台数の減少を伴う)機械式から自走式へのリニューアルは、大型車やSUVの普及という需要の変化に合わせて稼働率を取り戻すための、独立採算を見据えた合理的な投資です。
次に、(一般的なイメージとは異なるかもしれませんが)実際に市の予算規模は右肩上がりで去年度は過去最大を記録しており、目先の維持修繕費すら工面できない状況ではないということです。
そうとなれば、真に問うべきは、市は駐車場という対症療法には手際よく動く一方で、なぜウォーカブルシティの真の骨格となる「LRTの導入」や「路線バス網の拡充」といった都市全体の交通ビジョンには、重い腰が上がらないのかという点ではないでしょうか。
背景としては、数年周期で職員が入れ替わるローテーション主義の人事ゆえに、腰を据えて交通計画を背負う専門家が育たない行政の構造的問題があります。加えて、行政や議会の底流になぜか根強い、「単年度収支」や「独立採算」を至上命題とする発想も見逃せません。
本来、公共交通がもたらす最大の価値は運賃収入そのものではなく、歩行者の回遊性を高め、脱炭素を進め、全ての世代の交通権を担保するという、都市全体への「クロスセクター効果」にあるはずです。
目先のクルマをどう停めるかには即応するのに、まち全体をどう巡らせるかというグランドデザインを描く段になると急激にブレーキがかかる。この矛盾の本質は決して財源の枯渇などではなく、都市経営の思想とマネジメント力の貧しさに他なりません。
大切なのは、行政の判断をただ眺めたり諦めたりするのではなく、市民の側から提言や対話の回路を粘り強く切り拓き、また選挙により長期ビジョンに賭けられるリーダーシップを後押ししていくこと。
歩行者空間の足元に眠る地下駐車場のリニューアルは、私たち市民が、まちのどんな未来を選択するのかという、重要なクエスチョンを投げかけているように思うのです。
(K.F)







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