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本牧と野球

10月10日
読了時間: 3分
中本牧リトルシニア練習専用球場風景、強さの秘密の一つの専用グラウンド
中本牧リトルシニア練習専用球場風景、強さの秘密の一つの専用グラウンド

サッカーの話題を書いたので → 本牧が拠点のYSCC


今度は野球の話題を書きましょう。



まず、古いところから行くと、柴田勲さんがいます。

柴田さんは本牧出身だったんですね。本牧の「駄菓子屋しばた」の息子さんだったそうです。

古くからの方はご存じなんでしょうね。


実は筆者は柴田を投手に擁して高校野球で優勝を果たした法政二校のすぐ近所に住んでいたため、優勝パレードが近所で行われたのをうっすらと覚えています。


柴田さんは御歳82歳、現在も日本名球会理事、巨人OB会顧問をされています。



本牧は、米軍キャンプがあったため、その子供達と野球をやるチームが作られて、そこで野球をやっていたそうです。

本牧ならでは、のエピソードですね。



ところで、今年の夏の甲子園で惜しくも準優勝で終わった横浜高校が一時本牧にあったということも、みなさんご存じでしょうか?

旧制本牧中学校(今の横浜市立本牧中学校とは無関係)を吸収合併して一時そこにあったようですが、その後すぐに今の金沢区能見台に校舎を移したようです。


その横浜高校には本牧を拠点に活躍している中本牧リトルシニア出身者も結構いるそうです。



中本牧リトルシニアは1978年発足、プロ野球選手も輩出している強豪の中学硬式野球チームです。


全国優勝も何回もしているようですね。


専用グラウンドが海釣り公園の近くにあります。


50年に渡り指揮してきた村上林吉監督の言葉がネットのニュースにありました。

「挨拶で始まり、挨拶で終わる」という礼儀作法を何よりも重んじている、とのこと。


硬式野球ですから、一歩間違えればすぐに怪我に繋がり、下手すれば命の危険すらある、ということで、子供たちを預かる大人として何よりも大事にしているポリシーだとのことでした。



中本牧リトルシニアは元は米軍基地内のグランドを練習場にしていたそうです。それが基地返還によって使えなくなって、色々周りの支援もあって、紆余曲折の末、今の海釣り公園近くのグラウンドに落ち着いたそうです。



やはり戦後の本牧は、何かと米軍に絡んだことも多いことが、こういうところからも伺えますね。


ただ、近いところでは米軍ですが、本牧はその前から外国人も多く住んでいたし、また、それよりもっと古くからの歴史もあります。




お馬流しで有名な本牧神社は、本牧十二天として、平安時代からあったとのことですし、「源頼朝公が鎌倉幕府を開くにあたり、鬼門(北東の方角)守護を祈念して平安時代から存せる神殿に六尺×四尺の朱塗厨子を奉納した」と本牧神社の由緒書きに書かれています。  



本牧のちょっと飛び出た地形は、風の通る住環境としての利点もあってか(筆者の個人的意見です)米軍はキャンプにすることを想定して爆撃をしたらしい、という話もあります。



大きな節目を何度か経験しているので、歴史がミルフィーユのように積み重なっているのが、この本牧なのかもしれませんね。








 
 
 

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